X線天文学の世界

ASTRO-Hの挑戦

X線天文学の世界

X線天文学とは

ASTRO-Hは「X線天文衛星」です。いってみれば、衛星軌道上に浮かぶ天文台。ただし、観測するのは普通の光ではなくX線です。
X線と聞いてまず思い浮かべるのはやはり、病院で撮ってもらうレントゲン写真でしょうか。あれは、X線の高い透過力を利用して、まるで体の中を透視したかのように写真を撮影する技術です。レントゲン写真の場合は、線源から出たX線をフィルムやCCDで受けることで写真を撮ります。え、宇宙にX線を出すものがあるのかって?もちろんあります!太陽もX線を出していますし、夜空に光っている星はみんなX線を出しています。実は、X線は宇宙ではとてもありふれた波長の光なんです。
さて、X線天文学を理解する上で重要な点は3つあります

  • X線は波長が短く、エネルギーが大きい光だということ
  • X線は地上から見ることができないということ
  • 宇宙にはX線を出している天体がたくさんあるということ

もう少し詳しく説明しましょう。

X線は波長が短くエネルギーの大きな「光」

実は、人間が肉眼で見ることのできる光は全体のごく一部でしかありません。図の中央の七色の部分が「可視光」つまり、人間が肉眼で見ることができる領域です。いかに私たちが普段限られたものしかみていないかが分かるのではないでしょうか。もちろん、星の世界では可視光線だけでなく他の波長でもいろいろな現象が起きています。実は人間の目は星の世界を見るのには、あまり向いていないのです。これらの光を捉えるためには、電波望遠鏡やX線望遠鏡といった特殊な観測機器が必要になります。

ASTRO-Hが観測の対象としているX線は、私達が普段見ている光(可視光線)の仲間、電波や赤外線、紫外線と同じ電磁波の一種です。ただ、私達が普段見ている光よりもずっと波長が短く、もちろん肉眼で捉えることはできません。X線の波長は1nmから 0.01nm(ナノメートル)、可視光線の1000分の1から10万分の1です。波長が短いということは、可視光線に比べて「屈折しにくい」「透過力が高い」「エネルギーが高い」といった特徴があることを意味しています。たとえば、X線は屈折率が低いため、普通のガラスのレンズで集めることができませんし、鏡で反射させることも困難です。また、レントゲン写真はX線の高い透過力を利用したものです。

ただ、一言でX線と言っても、その波長によって振る舞いが違います。たとえば、レントゲンや空港の手荷物検査などで使うX線の波長は0.01nm ぐらい。これは硬X線と呼ばれる領域で、透過力が強く、人間の体も突き抜けてしまいます(だからレントゲン写真が撮れるんですね)。逆に1nmあたりのX 線は軟X線と呼ばれ、透過力はさほど高くありません。人間の体はもちろん、アルミホイル程度で遮蔽できてしまいます。もちろん、性質が違えばそれらを捕らえる方法も違ってきます。ASTRO-Hは硬X線と軟X線用の両方の検出器を積んでいて、広い範囲のX線を捉えることができます。

物質は温度に対応した波長の光を出している

あらゆる物体はその表面温度に応じた電磁波を発しています。温度が無いものというのは存在しませんから「すべての物体は光っている」と言い換えてもあながち間違いとはいえません。肉眼では見ることが出来ませんが、人の体も体温に応じた赤外線領域の光を放っています。赤外線を捉えることのできるカメラを使うと人の体は真っ暗闇でも明るく光って見えます。防犯カメラに赤外線カメラが使われるのはこういう理由です。また、物体の表面温度と出している光の波長に関係があるということは、天体の出している波長が分かれば、遠方からでもその温度やエネルギーを測ることができるということも意味しています。

宇宙には数億度という超高熱現象から、絶対零度に近いような超低温の現象まで様々な現象がありますから、これらの現象を観測するためにはそれぞれの現象に適した波長の光で宇宙を見なければなりません。たとえば、電波は絶対零度に近いような非常に冷たい領域が、赤外線の領域では、他の天体の輻射熱や、物質同士の摩擦熱のような比較的穏やかな温度、せいぜい数百度までの「ほんのり暖かい」ぐらいの現象が観測できます。可視光から紫外線にかけては、もっと熱い、数千度という温度の現象が見えます。太陽や他の恒星などがこれに当てはまります。さらに波長が短いX線やγ線を放出するのは、星の爆発や、ブラックホールなど、数万度から数億度というきわめて温度の高い極限状態での現象です。

X線は地上には届かない?

この図は、大気圏外からくる様々な波長の光が、どれくらいまで届くかをグラフにしたものです。可視光領域と赤外線の一部、そして電波の領域に谷があるのが分かるでしょうか?実は、これ以外の部分では、星から届く電磁波が空気中で吸収されてしまって地表にはあまり届きません。つまり、地球の大気が透明なのは、可視光と電波で見たときだけなのです。あとの波長では、地上から星はほとんど見ることができません。もちろん、X線も地上にはほとんど届きません。レントゲンで人間の体の内部を見られるのに、と不思議に思うかもしれませんが、地球の大気の方が人間の体よりずっと厚いのです。X線で宇宙を見るためには、宇宙へ行かなければならないのです。

X線で何が見える?

X線を出しているのは超新星爆発やブラックホール、活動銀河核、銀河団といった巨大な重力や爆発エネルギーを伴う現象です。例えば、ブラックホールは光さえも外に出ることのできないほどの重力を持つ天体ですが、周囲の物質を引き込むときに強烈なX線を放射していることが分かっています。あるいは、活動銀河は非常に遠方にある銀河で電波からX線、ガンマ線に至る広い波長で極めて明るく輝いている銀河です。他にも、1秒の1000分の1という短い時間に X線の強さが大きく変化する天体や、銀河と銀河の何もない空間に数千度にもなる高温のガスが存在することなどが明らかになってきました。こうしたエネルギーの高い現象は、銀河や銀河団の形成に大きく関わっており、宇宙の進化を理解する上でも重要な天体です。

こうした現象は決して珍しいものではなく、今分かっているものだけでも数万個ものX線を出す天体が知られており、宇宙に存在する90%以上の物質はX線でしか観測できないともいわれています。また、同じ天体でもX線で観測すると、可視光線や電波では捉えることのできなかった現象が観測できることも少なくありません。X線による観測なくしては、宇宙を理解することはできないと言っても過言ではないでしょう。

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